実際に入力して変換
各項目を指定して[執行]を左クリックすれば、変換が開始されます。
ここでは、[前魏(曹魏)]の[文帝][黄初][7]年[5]月[丁巳]日を対象に検索しました。
この日は、魏の文帝の崩御した日です。
『三國志』文帝紀
夏五月丙辰、帝疾篤、召中軍大將軍曹真・鎮軍大將軍陳・征東大將軍曹休・撫軍大將軍司馬宣王、並受遺詔輔嗣主。遣後宮淑媛・昭儀已下歸其家。丁巳、帝崩于嘉福殿、時年四十。
変換が終了すると、下フレームに以下のような画面が表示されるはずです。
結果表示の見方―その1―
画面を二つに分けて説明しましょう。まずは、表の上に書かれている文字列から。
この部分には、指定した元号及び月が一行目に、二行目に西洋暦の年月日がそれぞれ表示されます。
三国時代のように、複数の元号が同時に使われていた場合には、それぞれ対応する元号が、同時に(異なる色で)表示されます。
呉の黄武5年5月18日のように、日付も違う場合はそれが表示されます。
3行目の西元は、「西暦」の現代中国語での表記です。
括弧内の(星期四)は、現代中国語での曜日の表記になります。
- 星期日:日曜日
- 星期一:月曜日
- 星期二:火曜日
- 星期三:水曜日
- 星期四:木曜日
- 星期五:金曜日
- 星期六:土曜日
従って、日本語の表記で書くと、西暦226年6月29日(木曜日)になります。
結果表示の見方―その2―
下の表は、中国暦と西洋暦との対照カレンダーになります。
表の[中暦月份]の列は、中国暦の1~12月を、行は旧暦の1日~30日を表します。また[日干支]の列は、1, 11 ,21日の干支を表示します。
カレンダーの中の月日は、西暦のそれに相当します。
また、対立王朝があり、暦が異なった場合は、[呉3][呉5]のように、幾つかの月の変わり目が明示されますので、参考にすることが出来ます。
その下の文字列部分については、以下の通り。
はじめに、検索した元号+年数を表示します。ここでは、[校書七年]がそれに当たります。
[歳次]は、該当年の干支を表示します。ここでは、[丙午]がそれに当たります。
[生肖]は、所謂[えと]の事です。この場合は午年です。まあ、直接的に「馬」としてしまってよいかは別ですが…
[西元]は、該当年正月一日の西暦換算結果を表示します。ここでは、[西元226年2月15日(星期三)起]がそれに当たります。
三国時代のように、複数の元号が同時に使われていた場合には、それぞれ対応する元号が、同時に(異なる色で)表示されます。
表の上に書かれている中国暦表示を参考にして、該当する日を探します。該当する日は、地色が桃色で表示されます。
従って、[前魏(曹魏)]の[文帝][黄初][7]年[5]月[丁巳(17日)]日は、西暦(ここではユリウス暦)226年6月29日に該当します。
おまけ
元号を指定して、[多年資料]にチェックを入れて実行すると、該当する年号のカレンダー全てが表示されます。
前のページでは、画面の構造と入力方法について説明しました。
ここでは、実際に中国暦から西洋暦へ変換を行い、その結果表示の見方について説明してあります。
入力方法については、その1を参照してください。