三国末期には、魏の権力を握った司馬氏を中心に三国世界が動くと行っても過言ではないでしょう。彼らに関する史料は『三國志』ではなく、司馬氏の王朝たる晉の歴史を綴った『晉書』にあたる必要があります。
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現行『晉書』の成立は、晉代より下ること遙かに遠く、唐初(648年)の事になります。唐太宗の命をを受けた、房玄齢を筆頭とする[衣者]遂良、許敬宗の三人が監修、その他当時の著名な文人が分担して執筆されました。帝紀十巻、志二十巻、列伝七十巻、載記三十巻の合計百三十巻です。特に宣帝・武帝両紀、及び陸機(陸遜の孫)・王羲之両伝の論(要はコメントです)が、太宗自身の手によって書かれているところから、御撰とも称することがあります。
※従来の史書は個人あるいは家族という少人数で作られたものだったのですが、この様な国家事業として正史が書かれたのは、太宗の時を嚆矢とします。そして、この様な史書の形式は欧陽脩『新五代史』を除き、『清史稿』まで継続されることになります。
先の『後漢書』と同じく、晉代の歴史を叙述した『晉書』も幾つかの種類があり、後世まとめて『十八家晉書』と呼ばれています(「◎」印が附いているやつです。他にもそこに挙げているような、幾つかの晉関係歴史書があって、それらを掻き集めた輯本が、幾つかの叢書に入っています。)。
※現行『晉書』は、これらの先行『晉書』と区別するために、『新晉書』と呼ばれることもあったみたいですが、現在まともに残っている『晉書』はこれだけしかないので、一般的には殆ど使われません。
◎王隱 | 『晉書』(輯本11巻) |
◎虞預 | 『晉書』(輯本1巻) |
◎臧榮緒 | 『晉書』(110巻 輯本17巻 補遺1巻) |
◎朱鳳 | 『晉書』(輯本1巻) |
◎謝靈運 | 『晉書』(輯本1巻) |
◎蕭子雲 | 『晉書』(輯本1巻) |
沈約 | 『晉書』(輯本1巻) |
◎何法盛 | 『晉中興書』(輯本7巻) |
◎陸機 | 『晉紀』 |
習鑿齒 | 『漢晉春秋』 |
◎孫盛 | 『晉陽秋』 |
◎蕭子顯 | 『晉書』 |
◎干寶 | 『晉紀』 |
◎曹嘉之 | |
◎[登β]粲 | 『晉紀』 |
◎劉謙之 | 『晉紀』 |
◎王韶之 | |
◎徐廣 | 『晉紀』 |
◎檀道鸞 | 『續晉陽秋』 |
◎郭季産 |
以上述べたとおり、現行『晉書』は過去数百年に記された多くの『晉書』をベース(特に臧榮緒の『晉書』を基本としたとされます)にして作成されました。成立が南朝の『宋書』『齊書』より遅れ、また晉滅亡後数百年(要するに今現在江戸初期の歴史を書くようなもんですね。)経っていることもあり、現代史といっていい性格を持つ『三國志』に比して、比較検討する場合に際し、記述の重要性は遙かに劣ります。また大勢で短期間(4〜5年で完成)に執筆した為、体例や記事の内容に矛盾があるとされ、また資料不足からか、小説の類も積極的に記述に採用された点は、後世の史家からは非難の対象となっています。
この例として有名なのが、『三國志』の著者陳壽に対する貶記関連記事です。よく特定人物を恣意的によく書かなかったとか書かれていますが、これは『晉書』の陳壽伝に「或説」として「こんな記事もあるんだよ」と紹介されている類の内容です。事実其れより前の部分は、きちんと「『三國志』はよい歴史書だと評価された」と書いてあります。まあ『漢晉春秋』に見られる如く、南朝初期から蜀びいきは存在していましたので、魏を正統とした『三國志』にケチをつけるところが行き着いて作者批判になったのは、現在でもありがちな話です。こういった風聞があったんだよ、と知るのには貴重な部分ですが、きちんとこの辺りを選り分けて読む必要があるという、ちょっと癖のある作りになっています。
※逆に先行『晉書』や小説類まで何でも詰め込もうという網羅的な姿勢は、晉滅亡後かなり経っているにも拘わらず、それなりに記事が豊富という利点も併せ持ちます。
『晉書』の別な特徴として、五胡十六国関連の記事を、「載記」として纏めて扱っている点です。『漢書』『後漢書』では、建国期の群雄を書くに際し、この様な視点は在りませんでした。彼らの活躍した期間が短かったのが原因でしょうが、該当王朝が滅亡してから長期間経ったために書けたという点も否定できません。仮に三国時代に、陳壽が魏を載記扱いした書物を蜀存在時に書いていたら、蜀滅亡後、彼がどんな目にあっていたか・・・
このスタイルは歐陽脩『五代史記』に至って、十国も記す際に踏襲されています(彼は『史記』に倣って「世家」の語句を使いましたが。)。正統(とされた王朝)以外の特定地域を数代に渉って統治した勢力を書くのに、この形式が便利だったのでしょう。「載記」の形式自体は、『史記』世家のスタイルにヒントを得たとされています。尤も、世家所収の諸侯は、曲がりなりにも周王から封建されて出来た国家ですので、同じ名称が使えず、「載記」と言い換えたのですけど。
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「1.」に書いたように、ちょっと癖のある成立事情がある現行『晉書』ですが、注釈書の類は『史記』『漢書』『後漢書』『三國志』(前四史といいます)に比して、余り蓄積がありません。テキストの校訂や、散逸した先行『晉書』の輯本化等は、清朝で結構盛んだったようです。しかし『晉書』の注釈は少ないとは言え、これがあれば取り敢えずいいや! という必読の一冊があります。
民国 呉士鑑 劉承幹『晉書[冓斗]注』(藝文印書館) がそれです。この本は、先行『晉書』や敦煌出土の『晉書』抄本等を用いつつ、校訂や注釈等を織り交ぜ、現在までの注釈。校訂書類の第一に参照すべき書物とされています。
しかし、これだとちょっと大部なので、一般的には中華書局本の標点本シリーズで十分でしょう。値段もそこそここなれていますし、大抵の中国書取扱店で入手できると思います。
日本語訳については、完訳がありません。ほんのさわり程度訳したのに、明徳出版社から出ている『中国古典新書』シリーズ所収の越智重明先生訳があります。殆ど参考になるとは思いませんが、『晉書』の成立を書いた文献解題は見るべきだ「と思います。
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